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大阪高等裁判所 昭和62年(う)21号 判決 1988年2月12日

本籍

京都市左京区北白川追分町三八番地の二

住居

京都府北桑田郡美山町大字長谷小字弓立七〇番地

社会保険労務士

山内健一

昭和四年三月九日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和六一年一二月一〇日京都地方裁判所が言い渡した判決に対し、原審弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 山中朗弘 出席

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人豊岡勇作成の控訴趣意書に記載のとおり(弁護人において、控訴趣意中、理由不備・理由そごをいう点は、事実誤認の事情として述べたものであり、審理不尽をいう点は、量刑不当をもたらした理由として述べたものであり、採証の誤りをいう点は、被告人の検察官に対する供述調書に信用性がない旨の主張であって、控訴の趣意は、事実誤認と量刑不当の主張に尽きる旨釈明した。)であり、これに対する答弁は、検察官山中朗弘作成の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意中、事実誤認の主張について

論旨は、要するに、原判決の所得税の確定申告は、同和対策としての課税上の優遇措置に基づきなされたものであって、右の優遇措置は、同和対策事業特別措置法の精神に準拠して発せられた国税庁長官通達に立脚している上、現に、部落解放同盟に対しては、昭和四五年以降、優遇措置としての税負担の軽減ないし免除が行われており、本件の全日本同和会(以下「同和会」という。)の関係についても、昭和五六年以降、国税当局によって部落解放同盟と同様の優遇措置が講じられてきたのであって、被告人はこのことを熟知しており、本件譲渡所得税の申告に関与するに当たっても、本件申告は右優遇措置に基づく合法なものであると確信していたのであって、脱税の犯意はなく、仮りに違法であるとしても、被告人はそれを知らなかったものであるのに、犯意があったとして被告人を有罪とした原判決には、裁判に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある、というのである。

そこで、原判決挙示の証拠に当審における事実取調べの結果をも併せて検討するのに、原判決挙示の証拠によると、原判示の事実は、所論の点をも含め、優に肯認し得るところである。すなわち、これらの証拠によると、被告人は、同和会京都府・市連合会事務局長をしていた長谷部純夫の義兄で、かねて同人から、同和会を通じて納税の申告をすれば、正規の税額の半分くらいで済み、その一部は同和会の運営資金になるので、適当な納税義務者がいたら紹介してほしい旨の依頼を受けていたこと、昭和六〇年二月中旬ころ、たまたま、一〇年くらい前からの知り合いの原審相被告人山﨑章から、実父山﨑賢二名義の原判示の土地を二億七〇〇〇万円で売却したが、その譲渡所得税が七〇〇〇万円か八〇〇〇万円くらいかかるので頭が痛いとの話を聞いた際、山﨑章に対し、同和会を通じて所得税の申告をすれば税金が安くなるらしいので世話をしてあげようか、ともちかけて同人の依頼を取り付けたこと、そして、この話を長谷部に取り次いで同人の承諾を得た上、山﨑章から売買契約証書など申告に必要な書類を受け取り、これを長谷部に渡しておいたところ、同人において、原判示のとおりの虚偽過少の申告をしたこと、本件過少申告の内容は、総合課税の総所得金額をも含め、正規の税額が七八〇八万六八〇〇円であるのに対し、申告額はわずか一〇九万〇三〇〇円というものであり、架空の二億五〇〇〇万円の債務を計上して譲渡所得を減縮する方法をとっていること、被告人は、事前に申告内容の詳細を知らされていなかったとはいえ、長谷部に申告手続の代行を依頼してその交渉をした過程で、正規の税額のほぼ半分にあたる三九五〇万円を同和会に持参すれば、全てが済むと聞かされており、右金額には同和会に対するカンパの金が含まれていて、納税額はそれを更に下回ることを知っていたこと、長谷部が本件確定申告書を提出した後において、その当日、被告人は山﨑章から三九五〇万円を預かり、同人とともに長谷部に会った後、同和会事務所に赴いて同会事務員に右金員全額を渡し、同事務員から、山﨑が同会に対するカンパ金三八四〇万円の領収書を、被告人が所得税額一〇九万〇三〇〇円の納付書とその金員を、それぞれ受け取り、被告人において山﨑に代わって郵便局で右納付書により右税額を納付したこと、被告人は、本件仲介の謝礼などとして、長谷部から一六二〇万円もの多額の金員を受領し、その直後に自己の債務四〇〇万円の弁済をしたほか、登録料を含めて四四〇万円にのぼる電話付き自動車一台を購入していること、以上の事実が認められるのである。所論は、被告人の得た一六二〇万円のうち、一五〇〇万円は、被告人が同和会のため老人ホーム建設予定地を購入した際の立替金の弁済として、一二〇万円は、同和会北条支部の活動資金として、それぞれ受け取ったものであって、本件脱税をあっせんした謝礼金ではないと主張している。たしかに、被告人は、原審並びに当審公判廷において、右に沿う供述をしており、原審証人長谷部純夫も、これを裏付けるような証言をしている。また、当審で取り調べた登記簿謄本によると、被告人は、昭和五九年四月一八日から同六〇年六月三日の間にかけて、美山町所在の八筆の土地合計八五六九平方メートルを取得していたことが認められる。しかしながら、被告人は、本件一六二〇万円の性質について、捜査段階においては、自己が自由に使える金であると思い前記のように借金払いなどに当てた旨、本件の報酬であることを認める供述をしていたこと、右八筆の土地のうち三筆の土地合計三一六九平方メートルについては、本件後の売買を原因として所有権移転登記がなされて被告人の名義になっているので、本件当時には右土地代金の立替金がなかったことは明らかであり、右三筆の土地取得の事実は、所論に沿わないものであること、右の八筆の土地のうち、七筆につき昭和六二年一〇月二八日に、残余の一筆につき同年一一月一一日に、いずれも、同年一〇月二七日の売買を原因として被告人から同和会の京都府・市連合会会長野中利彦に所有権移転登記がなされ、同年一二月一一日、錯誤を理由としてその原因を民法六四六条二項による移転である旨、所論に沿うように更生登記のなされていることが認められるが、右移転登記は、本件金員を受領してから二年七か月も経過して後になされたものである上、その登記原因の記載も、当初の売買である旨の記載を、錯誤を理由に更生したものであって、この事実も所論を裏づけるものとするには疑問があること、立替金であれば当然保存しているはずの領収書等が完全には残っていなかったことなどに照らすと、所論に沿う被告人の公判供述や、長谷部の証言は、信用し難いといわざるを得ないのであって、本件により得た一六二〇万円のうち一五〇〇万円は立替金の弁済であり、残余の一二〇万円は支部の活動資金であるという被告人の弁解は採用することが出来ない。

そして、以上の事実、殊に、申告納税額が正規の税額に比し極端に低額であり、これを売却によって得た金額と対比すると、その率は極めて低いものであること、これを被告人が事前に認識していたところによってみても、納税のために必要な金額は、正規の税額の半分以下ということであり、これによれば軽減される税額は四〇〇〇万円に近い高額であることなどに徴すると、同和会を介してするものであるとはいえ、吾人の常識に照らし、被告人において本件のような申告が適法になし得るものと思っていたとは到底認め難いところである。脱税の犯意を認める旨の被告人の検察官に対する供述は、右に認定の事実に照らし、十分に信用し得るというべきである。

所論は、国税庁長官の通達、大阪国税局長との協議・確認事項などを挙げ、同和会に対しては、国税当局によって、優遇措置が講じられていた旨の主張をしている。たしかに、本件証拠中には、同和地区納税者に対しては、税務行政上、一種の優遇措置的な取扱いのなされていたことをうかがわせるものもなくはないが、所論指摘の国税庁長官の通達は、「実情に則した課税」を行うことの配慮を指示したものであって、当審で取り調べた山本明(別件の京都地裁昭和六〇年(わ)第五四七号等事件第一〇回、第一一回各公判調書中のもの、記録四冊の七七二丁、八三一丁)、河辺康雄(同事件第九回公判調書中のもの、記録四冊の八八八丁)、糸田武久(同事件第二二回公判調書中のもの、当審記録中)の各証人尋問調査などによれば、右通達の趣旨は、課税の免除ないしは大幅な減額を示唆したものでないことは明らかであり、記録上うかがえる一種優遇措置的な取扱を考慮しても、少なくとも、本件の譲渡所得について、前記のような多額の保証債務を仮装し、その所得金額を大幅に圧縮することを適法化するものでないことは明白である。右のような取扱のなされていたことを前提として、脱税の犯意ないし違法の認識を欠いていたという所論は到底採用することはできない。

以上に認定の事実と説示したところによると、被告人に本件脱税の犯意のあったことは明白であり、その他、所論にかんがみ更に検討しても、原判決には所論の事実誤認のかどはなく、論旨は理由がない。

控訴趣意中、量刑不当の主張について

所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して案ずるに、本件事案の内容は前記のとおりであって、これら犯行の罪質、動機、態様、ほ脱金額及びその率、被告人の関与の程度、本件により得た金額、殊に、被告人は、本件の中心的役割を果たした長谷部とは義理の兄弟の間柄にあり、また山﨑章とは一〇年来の知り合いであったとはいえ、多額の税金を免れさせる意図で、同和会を通じてする納税を山﨑章に勧め、同人をして七六九九万円余もの税金を免れさせたものであって、ほ脱金額が高額である上、ほ脱率も九八パーセントを超える高率であり、しかも、これにより被告人自身も一六二〇万円という多額の金員を得ていることなどに徴すると、被告人の刑責には軽視を許されないものがあるといわざるを得ず、被告人には業務上過失傷害による罰金前科の他には前科はなく、平素は真面目な市民生活を送っていることなど酌むべき事情を十分しんしゃくしても、被告人を懲役八月、罰金一〇〇〇万円に処した上、懲役刑につき三年間その執行を猶予した原判決の量刑は重過ぎることはない、というべきである。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条、一八一条一項本文により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 尾鼻輝次 裁判官 岡次郎 裁判官 木村幸男)

○控訴趣意書

昭和六二年(う)第二一号

被告人 山内健一

右被告人に係る頭書控訴被告事件につき弁護人の申立てる控訴の趣意は左記の通りであります。

昭和六二年三月三〇日

右被告人弁護人弁護士 豊岡勇

大阪高等裁判所第七刑事部 御中

控訴申立の趣旨

一、原判決には、同判決に影響を及ぼすことが明らかな事実につき重大な誤認があり、

二、また同判決には理由のそごがあるやに思料されますので

貴庁におかれ之れをご破棄の上、被告人に対し無罪のご判決を賜わりたく、

三、もし右が認められないとしても、原判決には量刑不当の誤りがあると思料されますにつき、之れをご破棄の上、被告人に対し可及的にご寛大なるご判決を相賜わりたし。

控訴の事由

第一、被告人の本件所為は所得税法違反の罪を構成せず、従って之れありと認定した原判決には、同判決に影響を及ぼすことが明らかな事実につき重大な誤認があるものと思料されます。けだし、

一、国税庁長官通達に基く所謂同和地区関係住民えの課税上の配慮は税法違反に当らず。

そもそも同和問題の解決を目的としてなされた政府の行政上並びに立法上の措置を検討するに、まず、

1. 同和対策審議会の設置

昭和三五年の第三五回臨時国会において全党一致で同和対策審議会が設置された。

2. 同和審の総理大臣宛答申

昭和三六年一二月七日、総理大臣佐藤栄作は総審第一九四号を以て同和対策審議会に対し「同和地区に関する社会的及び経済的諸問題を解決するための基本的方策」について諮問した結果、同審議会は昭和四〇年八月一一日付で同総理宛に、第一部「同和問題の認識」、第二部「同和対策の経過」、第三部「同和対策の具体案」及び「結語-同和行政の方向-」よりなる答申を提出した。

3. 同和対策事業特別措置法の施行。

同和対策審議会の前記答申の趣旨に基き衆参両院を何れも全会一致で通過成立した同和対策事業特別措置法が昭和四四年七月一〇日付で施行された。

4. 国税庁長官通達の実施とその趣旨。

(1) ところで前記同対審の答申の趣旨実現を目的として制定施行された同和対策事業特別措置法は右答申中の第三部「同和対策の具体案」の3、「産業・職業に関する対策」その他に対応した綿密詳細な規定を設けたものの、同答申に掲げた右「産業・職業に関する対策」中の基本方針に謂う所の、「同和地区住民の生活は常に不安定であり経済的文化的水準は極めて低く、それは差別の結果であるが同時にまた其れが差別を助長し再生産する原因でもあるから、同和問題の根本的解決を計る政策の中心的課題の一つは……地区住民の経済的文化的水準の向上を保障する経済的基盤を確立することが必要」である旨を指摘している事実に鑑みるならば、同和地区関係住民らの経済的文化的水準向上を保障することをも其の立法の重要な目的の一つとする同特別措置法が、一般課税の面においても同和地区関係住民に対しては特に斯かる実情に即し其の負担を必要に応じて軽減することは当然に、右同対審の答申の精神を具体的に実現する手段として制定施行された右特別措置法の精神の一部を構成するものにほかならない。

(2) よって政府は右法の趣旨に基き昭和四五年二月一〇日付で全国各管区国税局長宛に「同和問題について」と題する国税庁長官通達を発し、「同和問題」については既に同対審の総理大臣宛答申がなされ、次いで「右特別措置法が制定公布された」ことに鑑み庁内各職員が努めて「同法の精神」を遵守すると共に「同和地区納税者に対し今後共実情に即した課税を行うよう配慮」すべき旨を示達した。

(3) 即ち右国税庁長官通達は右同対審の答申に立脚する同和対策事業特別措置法の趣旨の一部である「同和地区住民の経済的文化的水準向上の保障」を実現するための一手段として同和地区住民の税負担を必要に応じて軽減することを目的として発せられたものであることが明らかである。

5. 憲法第三〇条及び第八四条の租税法律主義と通達の関係

(1) 憲法第三〇条は「国民は法律の定めるところにより納税の義務を負う」旨規定し、同第八四条は「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには法律、又は法律の定める条件によることを必要とする」旨を規定している。

(2) ところが判例は、憲法の右規定の解釈と関連して、通達に基いてあらたになされる課税の場合について、「課税がたまたま通達を機縁として行われたものであっても、通達の内容が法の正しい解釈に合致するものである以上、当該課税処分は法の根拠に基づく処分と解するに妨げがない」ものと解している(昭和三三年三月二八日最判、民集一二-四-六二四参照)。

(3) 然るに前記国税庁長官通達は、先の同対審による答申に立脚する同和対策事業特別措置法の趣旨それ自体の具体的実現を目的とするものであり、従って同特別措置法の正しい解釈に合致するものであることは明らかであるから、斯かるものとしての国税庁長官通達に基いてなされる「同和地区住民に対する実情に即した税負担軽減のための処分」が憲法第八四条の規定する「現行の租税を変更する」につき、「法律の定める条件によるもの」に該当することは自明の理である。

(4) 即ち右の国税庁長官通達に基いて同和地区住民に対する配慮としてなされる所謂実情に即した課税、即ち「現行の租税の変更」は飽く迄、右特別措置法の正しい解釈に合致するものとして、斯かる納税負担軽減という「現行租税の変更」に該当する処分は飽く迄、法の根拠に基づく適法の処分であり、従って、斯かる手続によってなされた税負担の軽減措置は些かたりとも、何ら所得税法その他の税法に対する違反の所為でないものと謂うほかない。

二、部落解放同盟の陳情に基く国税ご当局の所謂同和免税について、

1. 昭和四五年以降の部落解放同盟を介しての同和免税の実情

(1) 部落解放同盟その他の所謂同和関係解放団体は、右国税庁長官通達が発せられたのをきっかけとして何れも国税ご当局に陳情し、同通達第二項の趣旨に基く同和地区住民のための税負担の軽減乃至免除を要請するに至った。

(2) とりわけ部落解放同盟は京都・大阪各府下始め各地で、税務ご当局と交渉の結果、右通達を根拠とし、解放同盟が多数同和地区住民らのために各自の所得税その他の納税申告書を取りまとめた上、これら住民の納税申告を解放同盟において一括代行することとし、然かもこれら申告書はこれを各所轄税務署へ申告提出することをせず、例えば大阪府下では解放同盟が大阪府企業団体連合会(所謂大企連)の名義で、また京都府下では同じく京都府企業団体連合会(所謂京企連)の名義で、何れも各申告書を一括の上これを大阪国税局同和対策室へ直接に持込提出して申告することとして今日に至った許りでなく、これらの解放同盟の手で代行申告された納税申告内容は何れも所謂ゼロ申告であり、従って同盟を介して申告した納税者らは具体的且実質的には何れも殆んど納税を全額免除という格別の配慮に浴して今日に至っている。

2. 前記の経緯と全日本同和会関係者の認識

右の事情から、被告人山内は固より全日本同和会関係者としては、部落解放同盟中央本部及び大企連がつとに昭和四三年一月三〇日に大阪国税局長と交渉の結果、

(1) 大企連がとりまとめ一括して大阪国税局へ提出する納税自主申告については局側は全面的にこれを認めること。

(2) 同和事業については課税対象としないこと。

(3) 局に同和対策室を設置すること。

その他を協議確認すると共に、同確認を追認する形で発せられた前記国税庁長官通達を楯に、右大企連等の解放同盟が代行申告したゼロ申告が何れもその侭で受理承認され、然かも斯かる格別の配慮がその後何ら法律上問題とされない許りか、税務ご当局によって其の侭承認されるという取扱いが其の後実に一〇有数年に亘って反覆継続された事実に徴し、部落解放同盟に対する国税ご当局の右の如きお取扱いは、右国税庁長官通達に基き、憲法の規定する租税法律主義の原則に適合する飽く迄適法妥当な行政処分として国税ご当局により法律上公に承認されたもの、と解釈し且理解するに至った。

三、西日本各府県の自治体による地方税同和関係減免の条例制定について、

昭和四六年に入ると国税庁長官通達の精神を尊重して、例えば京都府自動車税条例などの如く、同和住民の税負担を減免する立法が相次ぐようになった。

第二、全日本同和会京都府市連の同和関係住民らのための税対方針に係る機関決定および

その取組の経緯と被告人山内の犯意の有無

一、全日本同和会に対する同和関係住民らの税対の要望について、

1. 同和住民らのための解放運動に取組む所謂解放団体の中、部落解放同盟は日本社会党を支持政党とする革新団体であり、全国解放運動連合会は日本共産党を支持政党とする同じく革新団体であるところから、同和住民の中でも自民党支持の立場に立って所謂同和運動の理想を実現しようとする住民らは、解放同盟支持の住民らが右の通り大阪国税局との協議に基き所謂長官通達に立脚して納税上格別の配慮優遇を受け続けているに拘らず、自民党支持の立場をとる住民らは全然解放同盟の手による右の如き納税上の配慮を受ける途のない侭既に一〇数年を経過する状態であったところから、これら住民中には、是非共全日本同和会が右の解放同盟と同様の税務対策を、同住民らのために採上げることを熱心に要望する向きが次第に増加し、昭和五五年頃にはこれら住民から全日本同和会、殊に同京都府市連への税対取組を要請する突上げが遂次、府下各方面から続出する傾向を見るに至った。

2. しかも前記の事情から、前記長官通達に呼応して各府県自治体が同和住民の地方税を減免する条例を立法化し始めたことはこれら自民党支持の同和住民らを一層いら立たせた。

3. 斯うした経緯に鑑み、全日本同和会京都府市連では、昭和五五年夏頃から、同府市連会長西田格太郎、副会長鈴木元動丸、事務局長鎗丸冨貴男らが、同府市連としても正式に解放同盟と同様に同和関係住民らのために国税ご当局に対して陳情をし、府市連がこれら住民達の納税申告を一括代行して当局宛に提出し、前記長官通達の趣旨に基く税負担軽減の格別の配慮を受けさせる、という税務対策を同府市連の業務の一環として採上げる他ないとの心境に達した。

二、全日本同和会京都府市連の税対方針の決定及その後の動向と本件各納税申告の合法性

1. 同府市連では昭和五五年九月三〇日に同府市連本部役員会を京都市南区役所久世出張所で開き、引続き一一月一一日に長岡京市で各支部長らを含む理事会を開いて税対方針につき事前協議の上、同年一一月三〇日に西田会長を中心に鎗丸事務局長、大島次長、長谷部・渡守両指導員、それに当時、同和会乙訓支部長であった今井正義らが会合して仮称の税務委員会を開き、出席メンバーで「経営指導委員会」を構成し、鎗丸事務局長がその窓口を担当することを決定し、ここで全日本同和会京都府市連は正式に右の税務対策に取組むべき方針の機関決定をした。

(1) そこで西田会長を代行して同氏の息に当る木曽青年部長や鈴木副会長、鎗丸事務局長、大島次長、長谷部税対指導員、渡守指導員らが昭和五五年一二月二日頃大阪国税局へ、同和会府市連から同和関係住民らのためになす申告代行、即ち同府市連のなす税対に対しては、従来国税庁が国税庁長官通達の趣旨に則って解放同盟のなす税対に対して与えてきたのと同様の取扱いをしてほしい旨を陳情した際、同局側は同和会京都府市連代表者らに対して、大阪国税局同和対策室長その他の責任担当官から同陳情の趣旨を諒承した旨の回答があると共に、同室糸井武久係長から、革新団体の解放同盟は従来殆んどゼロ申告をしてきたが、自民党支持団体である同和会の場合は行政に協力する意味でゼロ申告はせず、なにがしかの税金は納付するように処理して貰いたい旨の要望が付言されたのを確認し、

(2) 右引続き同年一二月八日頃、右同和会府市連西田会長以下同幹部らが、予め大阪国税局同和対策室からの日取の連絡等に基いて、京都上京税務署で同署長や総務課長ら幹部に面接し、前記、大阪国税局宛になしたと同様の陳情をした際も同陳情団は快く応対され上京税務署側から、大阪国税局よりの事前の連絡により諒承していた侭に、同和会側からの陳情通り、向後は同和会府市連合会からなす税対に対しては総て、従来、解放同盟の手でなされた税対に対して与えてきたと同様の処遇をなすべき旨の諒解が与えられ、従って同和会からの申告書は必らず一括し所轄署総務課長の手許に提出すべき旨の指示がなされたのを確認し、

(3) その後、昭和五六年々頭早々から、同和会府市連合会幹部の鈴木副会長、鎗丸事務局長、大島次長、木曽青年部長、長谷部指導員、渡守指導員らがそれぞれ二名乃至三名ずつ手分けして、各税務署に署長ら幹部職員への挨拶廻りに赴くこととなり木曽会長代行、鎗丸事務局長、大島次長、長谷部指導員、渡守指導員らが園部、下京、右京、伏見、宇治等の各税務署幹部を歴訪したところ、何れも上京税務署からの事前の連絡によりこれら各署の署長や総務課長らは、向後は同和会を通じてなされる納税申告に対しては従来解放同盟に対して与えてきたのと同様の処遇をする旨、および、同和会が代行申告する申告書については、必らず総て一括して各署の総務課長の手許に提出すべき旨の応答がなされたことを確認した。

2. 本件各納税申告の適法性

右の如き経緯を経てなされた本件各納税申告は何れも所謂租税法律主義の原則に適合していることは前述の通りであり(前掲判例参照)、所得税法違反に該当する余地がない。

三、本件各納税申告と被告人山内の合法性に係る認識について、

1. 解放同盟の税対行為の実績について

既に前掲の通り解放同盟は同和関係課税配慮に関する前記国税庁長官通達の発せられた昭和四五年前後頃以降引続き過去一〇数年間に亘り税務ご当局から殆んどゼロ申告をその侭承認するという著しい課税上の優遇を得てきた許りでなく其の間それが何ら税法上の問題として採上げられたことがなかった上、

2. 同和会府市連の代行した昭和五五年度分納税申告以来の税務ご当局の格別の取扱いの実績について、

(1) 同和会京都府市連が前記国税ご当局との間の協議諒解に基いてなした所得税等の納税申告について其の内容が、本件罪となるべき事実として認定された納税者山﨑賢二に係る本件所得税納税申告当時である昭和六〇年三月頃までの過去実に五年間に亘り何ら之れらが税法上の問題として採上げられたことがなかった許りか、この間に税務ご当局側から、右同和会京都府市連合会を通じて申告代行の為された之れらの案件について、ご当局による税務調査などが全然なかったのは固より、ご当局から同和会に対し同申告内容に係る調査確認を内々指示された事実すら全く皆無であったし、また、

(2) その間、税務ご当局としては、解放同盟乃至全日本同和会府市連合会を通じてなされる納税申告案件につき、所謂長官通達の趣旨に基く格別の優遇処置がなされているのに乗じて全国同和対策促進協議会その他大小の市井の似非解放団体が解放同盟とか全日本同和会京都府市連のなす税対に便乗し、税務ご当局に対し正規解放団体を偽装して納税者らの納税申告代行をなすのを回避し、これら似非解放団体のなす税対を阻止する手段として、昭和五八年頃から税務ご当局側からの指導により、同和会府市連本部から各納税者らの申告書を各税務署側へ一括提出の際、これら各申告書と予め同府市連本部で作成する申告手続代行簿の各代行手続表題記載部分との間に、府市連本部の公印で契印をすることを固く遵守励行するよう指導を受け、それ以来同府市連本部は常にこの指導を遵守するようになった。

(3) 右の如き一連の事情から今迄被告人としては昭和五六年初頭頃から本件申告代行に至る迄、同和会京都府市連のなした一連の税対が実は税法違反の脱税に該当するものなどとは毛頭認識しておらず従って被告人が山﨑章からの依頼で納税者山﨑賢二のため仲介斡旋して同和会京都府市連本部幹部らを介してなした税務署宛納税申告が所得税法違反を構成する所為として、刑事訴追を受ける虞れがあるなどとは、全く夢想だもしていなかったものである。

3. 本件納税申告における被告人の犯意の有無

右の通りの事情のもとで、被告人山内には所得税法違反の犯意は全然存在していなかったものである。

第三 被告人山内の認識と法の錯誤との関係について、

一、同和会京都府市連のなした本件納税申告代行の適法性

(一) 申告代行に対する税務ご当局の対応

1. 全日本同和会京都府市連合会が、解放同盟のなす申告代行に対して国税庁側が過去一〇数年に亘ってなしてきた、所謂同和住民納税配慮に係る長官通達に基く一連の優遇措置と同様の配慮を求めてなした前記大阪国税局、京都府下筆頭税務署である上京税務署、および同府下各税務署あての陳情乃至連絡話し合いの結果、これら国税庁側各官署では何れも同陳情の趣旨を諒承し、但し従来の解同に対すると同様の配慮はするが、但し解同の如くゼロ申告はせず、同和会は行政を支持し協力する意味で、なにがしかの税金は納付して貰いたい旨の条件付でそれ以後は同和会京都府市連側からなす同和住民らのための納税申告書一括代行提出に対し好意的に対処し格別の配慮がなされた事は前述の通りである。

2. 殊に昭和五五年度分申告書を同府市連幹部らが昭和五六年初頭の確定申告期日である同年二月一五日から同三月一五日頃にかけ上京、右京、伏見等各税務署の窓口に当る各総務課長の許に提出して代行申告をした際には、同和会側では国税当局側の付した条件に従って、解同のようにゼロ申告ではなしに、適当になにがしかの納税はするという形で税負担軽減の配慮が受けられるような申告書の作成方法は何のようにすれば良いのか全く判らず、結局総て担当統括官らの手許で、これらの各納税金額を減少して納税者の負担を軽減する技術的方法として、当該所得原因発生の際に必要とした取得経費の計上乃至笠上げ、それに納税者が当該所得金額中から支払弁済をした債務の計上乃至設定等による具体的処理方法の指導を受けたのが実情であった。

3. 従って右の通り、同和会府市連側から代行申告した各納税案件につき具体的納税金額を圧縮して納税負担を減免する手段として、右の通り「取得経費」を設定乃至増額し、或は所得金額中から他へ支払弁済した「債務」を設定乃至増額するという方法を講ずる手法は、同府市連の幹部である鈴木元動丸や長谷部純夫とか渡守秀治などが発案導入したものではなく、実は前記の通り右幹部らが同和住民らに代って納税申告書を各所轄税務署へ持参提出した際、先に同和会府市連西田会長その他幹部連からの陳情に基き大阪国税局乃至上京税務署側と同和会側との間でなされた協議諒解事項の趣旨に従い長官通達の精神に則り、各担当統括官らが厚意的になした指導の一環として右府市連幹部らに伝授されたものであった。

即ち解放同盟のようにゼロ申告で納税義務を殆んど負担しないというのではなく、全日本同和会京都府市連の場合、具体的納税金額を大幅に軽減して同府市連の代行申告した納税者の実際の負担を軽くするという税務署ご当局の配意を実行する手段としてなされた本件山﨑賢二に係る納税申告に際して作成提出された領収証等は本来右の通りの担当官らの指導による方式を其の侭踏襲したものに他ならぬ。

4. 現に全日本同和会京都府市連合会が同和地区関係住民らのための税務対策として各所轄税務署え提出の各納税申告書に掲げられた正味納税額減額事由について検討するに、

(1) 譲渡所得税の納税額控除事由は総て、当該納税義務者が直接に債務を負担していた自己の債権者らに対して、当該譲渡所得金の中から同債務の弁済をした、という情況を設定した上で其の申告がなされているのであり、これに対し、

(2) 相続税の場合における納税額控除事由としては何れも、当該納税者が他の主たる債務者の為めに連帯保証債務を負担していて、その連帯保証債務を履行するため当該相続財産中から支出して其の債権者に支払った金額を其の相続税額中ら控除した金額を正味納税額とする、という形式の事情を設定している。

即ち、譲渡所得税の場合は専ら当該納税義務者が同人自身の固有債務の履行をした旨の事情一点張りであるのに対し、

片や相続税の場合は当該納税義務者が、他に存在する主たる債務者の為めに自己が先に負担していた連帯保証債務の履行をした、とする事情を設定すると謂つた状況であり、

然かも右何れもがそれぞれ全くワンパターンの情況設定の方式を延々と反履継続している事実に徴しても、同和会京都府市連が余りにも無神経なばかりに反履継続してきた之れらの、納税額控除の為め申告書作成に係る技術的手法が、何れも前記の通り昭和五六年二月から三月にかけての確定申告時期の頃に同和会京都府市連の税対担当者らが、これらの不慣れな納税申告手続の代行事務に取組み、殆んど五里霧中の情況の中で専ら、先の大阪国税局や上京税務署幹部らと全日本同和会京都府市連合会代表者らとの間の協議確認事項の趣旨に則り、税務ご当局側から各担当官らを通じてそれぞれ「所得税」ないし「相続税」に係る納税申告書作成に当って為された具体的指導の課程で示唆された前記の通りの技術的手法を、同和会府市連担当者らが其の後繰返し其の侭踏襲して反履継続したものであった、と謂う事実を裏付けている。けだし、万一にも同府市連の税対担当者らが秘かに虚偽の事情を作為して税務担当官らを欺罔し以て納税額を不法不当に圧縮せんと企図し斯かる手法を用いたものであったならば、同和会側が斯くも所得税および相続税のそれぞれの担当官の手許え、之れら担当官をして忽ち疑念を抱かしめるような斯かる全く同一手法による課税額控除方式のワンパターンの申告方法を反履継続するが如き所為に出でることは通念上あり得べからざるところと言うほかない。即ち、同府市連税対担当者らとしては、前記の通り税務ご当局側から各担当官を通じて受けた具体的指導に際して授けられた示唆の中にあった右の如きそれぞれの手法を、所謂長官通達中に所謂「実情に即してなされる税務ご当局の具体的配慮」と認識し、同手法は謂わば税務ご当局から授かった天下ご免の宝刀にも比すべきものであり、従って右それぞれの手法によるワンパターン方式の課税額控除項目の計上が些かたりとも税務当局側からの問題とされる如きことは凡そ金輪際あり得ないものと確信しきっていたればこそ為し得た所為であったし、また、然かればこそ、格別の事情で全日本同和会京都府市連合会の税務対策が総て違法の所為として採上げられるに至る迄の間、実に前後五年の久しき亘り、本来は税務ご当局側から至極容易に発見摘発を受けた筈の右方式による課税額控除申請が、何れもご当局側から之れが黙認の恩恵を賜わって来たのが真相である。

5. 従って例えば右の手法の一つである納税者が所得金額中から債権者宛に債務の支払弁済をした事実を疏明するため当該債権者作成名義の納税者宛領収書を一々創作するにはその都度同和会府市連側の担当者が当該債権者の住所氏名を架空で作り出さなくてはならず、到底その繁に耐えないところからこれにつき府市連担当者側から税務署係官側に相談を持ちかけたところ、右京、上京、伏見その他の各署担当官は、同和会府市連側で、同領収書作成の受け皿となるための法人を設立しては何うか、と云った指導提案があり、殊に右京署の佐々木俊雄総務課長および松本庄八資産税第一部門統括官らは同受け皿として設立する法人にはその商号の一部に「同和」の二文字を入れてあれば、税務署側としても同会社作成に係る領収書を一見しただけでそれが同和会府市連作成の証憑書類であることが、容易に識別できて頗る便利且実務的である旨の意見を述べたところから、同府市連側で鈴木、長谷部らが右税務署担当官らの指導をそんたくし、前記の領収証作成名義の受け皿とすることをも目的の一部として(後述参照)同年五月一日付で有限会社を設立した際、その商号を特に有限会社「同和」産業としてその設立登記をし、早速同登記簿謄本一通を右の佐々木総務課長、および松本統括官に呈示報告をしたものである。

6. 府市連幹部鈴木らや被告人はゼロ申告で殆んど納税義務を履行していない解放同盟の方式すら既に過去一〇数年に亘り、国税当局によって引続き認容され、然かもその間税法違反の問題が持上ったことなど全く皆無であった事実に徴し、同和会府市連が当局の具体的指導のもとに右の通りの領収証を有限会社同和産業名義で作成しこれを添付して納税申告をすることにより当局から実際の納税金額を軽減し、納税者たる同和住民らの経済的負担を軽くして貰えるのは、解同の場合のゼロ申告による納税者の負担免除と同様、何れも前記同対審の答申、同和対策事業特別措置法およびこれに立脚する国税庁長官通達の精神に基く同和関係住民の納税に関する夫々実情に即した配慮として、夫々各納税申告に対し同所轄税務署の責任者である署長の権限に基きなされる行政処分行為として法律上飽く迄適法妥当なものであり、憲法三〇条、同八四条所定の租税法律主義に何ら抵触などする余地なきものと確信していたものであり、然も右の法的解釈は一応妥当と認めて差支えなきところと思料される。

7. 現に山内被告人その他全日本同和会京都府市連の幹部鈴木元動丸その他が既に去る昭和六〇年夏検挙され公判請求を受けた後の昭和六〇年度分および昭和六一年度分の解放同盟側の納税者らのための納税申告代行は従来通りその殆んどがゼロ申告として提出され、然かも国税ご当局は引続きこれを前記長官通達の趣旨に基く実情に即した配慮に基く行政処分の一環として何れもこれをその侭受理承認している。

(二) 解同と同和会府市連の申告手続の相異点

解同が今日なお国税当局により国税庁長官通達の趣旨に則る合法的納税申告なりとして認容されている申告手続はその内容が殆んどゼロ申告ではあってもその申告書記載内容として片や所得金額と他方に所要経費乃至所得金額中から他へ支払弁済をした債務弁済額等の課税額控除項目に該当する金額とが計上記入されているに過ぎない侭これが受理され、同記載内容通りの実所得収支事実が当局により承認される、という「所謂実情に即した配慮」がなされて処理されているのに対し、全日本同和会京都府市連の場合は、ご当局から前記当初の陳情協議の際、「同和会は政府自民党支持の所謂体制側の解放団体であるから、部落解放同盟のようにゼロ申告でゼロ納税というのではなく、行政に協力すると謂う意味で、なにがしかの税金は納税すると謂う形で同和地区関係住民の納税の負担はこれを間違いなく軽減する事を実現するという方式での配慮を与える、と謂うことで満足をしてもらいたい」旨の国税ご当局側からの説明に対し同和会京都府市連側が之れに賛同し其の旨の協力方式を諒承するとともに、同方式の具体的手続方法としては、昭和五六年初頭の昭和五五年度分確定申告の頃以降国税当局側担当係官らの指導により謂わば架空の「領収証」とか「連帯債務保証書」等を、これまた右担当係官らの示唆や指導に基いて設立した「有限会社同和産業」名義で作成し、これら何れも同和産業作成名義の証憑書類を其の後昭和五六年初頭から本件各申告に至る昭和五九年乃至同六〇年初頭の確定申告時に至る迄の間、実に前後四年間に亘り其の間合計概算数百通以上の同和地区関係住民納税者らに係る納税申告書に何れも右会社作成名義の証憑書類を添付してこれを所轄税務署宛提出し、右同様パターンの納税申告を反履、継続したに拘らず、この間に国税ご当局側から同和会京都府市連側乃至右納税申告者らに対し何らの照会お問い合わせ其の他の調査等は全然なかったし、況んや修正申告の勧奨乃至更正処分等がなされた事実は全くなかったものであり、謂わば当初に国税ご当局側と同和会京都府市連合会側との話合い協議の際に双方間に成立した協議事項乃至諒解事項の通りが総て其の侭に、先に関係担当官らの手で具体的に指導を受けた通りの様式で繰返し毎年なされる申告内容が総て国税ご当局側において其の侭ほとんど無条件で認容される処理が引続き繰返えされてきたのが実情であった。

(三) 国税ご当局による本件告発の経緯。

ところが昭和六〇年初頭に行なわれた昭和五九年度になされた遺産相続に係る同和地区関係住民納税者の相続税納税申告を同和会京都府市連合会本部において所轄税務署宛に代行手続済であったところ、同相続に係る共同相続人相互間の紛争から、同遺産の分割内容に不満を抱く相続人が偶々右京都府市連の本件税務対策により同相続税額の前記特例による配慮に基き同相続税額の負担軽減の恩恵に浴した当該相続人を相続税法違反の脱税者であるとして国税当局宛に反履強硬な申入れに及び、場合によっては税務ご当局までをも、恰かも右相続の脱税を黙認したものとの非難攻撃すら始めかねない情勢となったところから、ご当局としては、たまたま全日本同和会京都府市連合会の場合は、部落解放同盟が大企連ないし京企連の名義で同和地区関係住民らの申告代行をする場合のように何ら正規課税金額の控除事由と同控除金額とを裏付ける証憑書類を添付することなく単に申告書自体に課税控除事由と同金額とを記入した納税申告書を提出しているのとは相異り、何れも前記の通り、謂わば国税ご当局側からの指導や示唆に相従って既に過去前後四年間に亘り合計数百通にも及ぶ大量の、然かも前記有限会社同和産業作成名義の内容架空の領収証等証憑書類を各申告書に夫々添付提出しているところから、国税ご当局においては万止むなき処置として、右各領収証等の証憑書類を添付してなされている納税申告中の案件多数をとり上げ、これらの同和会京都府市連の税務対策として各所轄税務署宛になされた代行申告は何れも同府市連本部において全たく架空の右領収証等の証憑書類を乱発偽造の上これを各納税申告書に添付提出し、以てその都度当該担当税務係官を計画的に欺罔し以て多額の税金の納付を免れ各税法に違反した悪質の犯罪であるとして夫々検察当局あてに告発されるに至ったものと思料される。

二、全日本同和会京都府市連合会のなした本件税務対策と刑法第三八条。

(一) 被告人山内の本件所為に係る認識。

被告人山内には、本件納税者山﨑らを同和会京都府市連に仲介をし同所幹部係員らの手で本件所得税の納税申告手続を代行させ、これにより、予ぬてからの国税ご当局側と同和会府市連側との間の、然も既に右双方間において多年の慣行となっている恒例の手続により、前記国税庁長官通達の趣旨に基き国税ご当局側から所謂同和地区関係住民に係る実情に則した配慮により、右納税者山﨑に係る具体的納税額を本来の正規課税額から「恒例による」相当額を軽減する取扱を受け、所謂「なにがしかの金額の納税」に止まると謂う行政処分の恩典に浴することは、右の通り国税ご当局が予ねて多年に亘り所轄税務署長の権長に基く行政処分として反履継続され、よって既に行政上の一種の慣行として成立しているところであり、従って被告人としては同和会京都府市連によって同和地区関係住民の為めになされる納税申告の代行、即ち所謂税務対策なるものは飽く迄適法にして正当且妥当の所為であるもの、と何らの疑もなく確信していたものである。従って同被告人には本件各所為を以て所謂所得税法違反の罪を敢えて犯す意思は真に終始一貫して之れを毛頭抱いてはいなかったものである。

(二) 国税庁長官通達に所謂「同和地区納税者」の範囲と本件納税申告代行手続の適法性。

そもそも前記国税庁長官通達の第二項に謂う「同和地区納税者」とは単に現在同和地区に居住している納税者のみを指すものではなく、現在は同和地区外に居住していても、元同和地区にルーツを有する同和地区出身者らは何れも右に謂う同和地区納税者の中に含まれるものと解すべきは、前掲の同和対策審議会の内閣総理大臣宛答申乃至同和事業対策特別措置法の精神に照らし当然の事理に属する。

換言すれば所謂同和地区納税者の意義は、決して属地主義ではなく正に属人主義の立脚地に立つものと解するのが至当である。

処で被告人山内においては、本件納税者山﨑賢二や同章らについては、現在は所謂同和地区には居住してはいないものの、予ねてから同人らは同和地区の出身者である旨を知人らから幾度か耳にしていたところから、全日本同和会京都府市連合会が右納税者山﨑賢二のために其の税務対策を引受けて其の納税申告の代行をすることは、何ら、右長官通達の趣旨に則ってなされる税務ご当局の所謂同和減税のご配慮を相煩わすについて何ら違法不当に亘る懸念は些かもなきものと確信していたものであり、被告人の右解釈には別段の誤はなきものと思料されます。

(三) 被告人山内に係る刑法第三八条一項に謂う「罪を犯す意思」の不存在。

そこで、若し仮りに貴庁におかれ、全日本同和会京都府市連合会のなした本件税務対策行為が、前記同対審の答申と之れに立脚して制定公布された同和対策事業特別措置法、並びに同法に基いて之れを補うものとして発せられた国税庁長官通達の存在、それに前掲の通りの昭和五五年一二月の国税ご当局と同和会京都府市連側との協議諒解事項の存在、並びに同諒解事項に基いて其の後本件納税者山﨑賢二に係る所得税納税申告がなされるに至る迄の前後四年間に亘って税務ご当局側と同和会京都府市連側との間で反履継続されることによって既に成立していた同和地区関係住民らのため同府市連を介してなされる納税代行申告に係る格別の配慮による行政処分としての行政上の慣行の存在などの事情にも拘らず、なお且何れも所得税法違反の罪に該当するものとのご認定を受けたと仮定しても、前項所掲の如き事情の許においては、少くも被告人山内には右の通り、本件所為により自己が敢えて税法違反の所為をなすものとの認識乃至予見が全く存在しなかった許りでなく、実は凡そ税法に違反するが如き所為をなす意思自体を全然抱いてはいなかったものであった。

即ち、被告人山内においては、刑法第三八条一項に謂う「罪を犯す意思」なるものは全くなかったものであります。(大正一一年五月六日大判、刑集一-二五五参照)

(四) 被告人山内においては本件所為につき所謂「法の不知」には該当せず。

被告人山内においては、自己が本件納税者山﨑賢二のために仲介し全日本同和会京都府市連合会の手でなす本件各納税申告の代行、即ち所謂税務対策は、何れも前記国税庁長官通達等の趣旨に則り、国税ご当局により恒例の行政慣行に従って「所謂なにがしかの納税額」の程度に迄、適法正当に圧縮されるという行政処分が各所轄税務署長の手でなされるもの、と確信して些かの疑念をも抱いてはいなかったものである。

従って今日に至り俄かに国税ご当局におかれ、先に昭和五五年一二月二日及び同八日に大阪国税局同和対策室および京都上京税務署において国税ご当局側と全日本同和会京都府市連合会代表者らとの間で成立していた協議諒解事項並に之れに基いて昭和五六年二月乃至三月に亘る昭和五五年度確定申告期日頃からそれ以後にかけて同府市連幹部らに対してなされた一連の具体的指導乃至示唆、および之れらの協議諒解事項乃至指導に則して其の後同府市連が同和地区関係住民らのために遂年に亘って代行申告納税を繰返えし何れも一旦之れが夫々税務ご当局によって是認され、それらの措置が少くも前後四年間に亘る一種の行政慣行として成立していたに拘らず、国税ご当局において前記の協議諒解事項の存在や之れに基いてご当局側の手で同和会府市連側に対しなされてきた一切の指導乃至示唆の事実を総て同和会府市連側において捏造した虚構の言い掛りなりと開き直られた上、同府市連が前記の通りの方法でなした代行申告納税は挙げて税法違反なりとして之れらに対する刑事処分を迄求められるに至っては、被告人山内としては正に恰かも、同人が自動車を運転し道路上を進行中、東西南北共に交通が渋滞している交差点に差掛って、偶々交通整理中の警察官からの手信号で誘導指示されて同所付近に停止中の車両の間を進行し始めた途端に他の警察官から赤信号を無視した道交法違反の罪で検挙された掲句、先に同車両を指示誘導した警察官からは、「その様な指示誘導をした事実がない」とか、「その運転者に出あった記憶がない」などと突き離された場合にも比すべき状況に追込まれているものであります。

斯かる被告人山内は所謂「むじな」と「たぬき」の判例にいう自称「むじな」の捕獲者の場合以上に、本件被告人が所得税法違反の所為をなす意思なかりし事につき、之を以て所得税法を知らざりしものと断ずるのは、相当でないと思料されます(大正一四年六月九日大判、刑集四-三七八参照)。

第四 原判決の審理不尽と矛盾律の影響等について

一、審理不尽について

(一) 被告人が長谷部純夫を介し全日本同和会京都府市連合会から受領した合計金一、六二〇万円のうち金一、五〇〇万円は、先に同被告人が長谷部を通じて同和会側から、予ねて同会において京都府北桑田郡美山町に設立を計画してきた老人ホーム美山園の敷地として必要な同町字長谷小字弓立七〇番地宅地六〇一m2ほか合計一二筆の土地の購入かたを依頼され、昭和五八年四月二八日以降武田曼和ほか六名から遂次同会のために買受けたこれら土地の購入代金立替金合計金一五、八一六、九〇〇円の内金である(弁丙第一号証以下参照)が、右事実立証のため弁護人側から原審裁判所え提出した右各土地の被告人による土地購入代金立替払を裏付ける当該土地売渡人作成の被告人山内宛領収証中に、被告人がこれを大切に何処かえ仕舞込み過ぎて其の所在が俄かには発見できなかった分が一、二あったため、これらの分につき原審裁判所側から、斯かる同和会側よりの依頼で被告人山内が広範囲の土地を代理購入し且その為め金一、五〇〇万円もの大金を同和会の為め立替払しており、従って同被告人が長谷部を介して同和会側から受領した合計金一、六二〇万円中の金一、五〇〇万円が右立替払金の弁償金であったと謂う重要な事実を被告人が捜査の段階で検察官調書中に全然録取されていないのは不可解である許りか、斯かる大金の立替払の事実を証する領収証の如き重要書類を紛失することは到底考えられない事実であるから、弁護人側が被告人をして之れら当該土地の被告人えの売渡人なる人物から被告人宛に再発行した土地売渡代金領収証の如きものは全く信憑性が乏しい旨を繰返し厳しく指摘された(原審公判記録中第七回公判被告人山内供述調書八丁表三行目以下、同第一〇回公判調書同被告人供述調書一丁表一行目以下等参照)許りでなく、

(二) 原審裁判所は被告人が右弁解を捜査の段階で検察官側が採上げてくれなかった事情について殆んど心証を得られていないやに見受けられた上、

(三) 先に被告人が昭和五九年三月一三日に長谷部を介し同和会から同被告人の立替金弁償金として金一、五〇〇万円の支払を受けはしたものの、同金額は飽く迄同被告人が同会のために立替払をしていた合計金一五、八一六、九〇〇円の内金に過ぎなかった許りか、当時同会の事務局長の地位にいた長谷部は同被告人の義弟ながら過去の実績に徴しても被告人えの弁償支払が頗る遅々たるものであった事情もあり被告人としては立替金全額の支払が完了する迄は、先に当該土地を被告人宛に売渡した前地主達から交付を受けていた土地売渡代金領収証を同和会側え引渡す意思はなかったし、況んや之れらの土地に係る同和会宛の不動産所有権移転登記についても之れを為す意思を有しなかったことは寧ろ通念上当然の事理に属するところと思料されたに拘らず、原審裁判所は被告人が右の段階では何等格別の事情なき限り被告人が前地主達から受領していた之れらの土地売渡代金領収証を直ちに同和会側に引渡さなかった事が納得し難い様子に見受けられた(原審公判記録中第七回公判被告人山内供述調書一六丁表一三行目以下参照)などの諸事情に鑑み、弁護人側は被告人が先に全日本同和会京都府市連合会を代表せる長谷部を同伴し予ねて昵懇の美山町議会議員である樋口健太郎の案内で美山町役場当局に対し、全日本同和会が美山町内に「美山園」の名称で老人ホームを設立したい旨の計画を立て既に予ねて同町内に居住する被告人山内が同施設建築用の敷地の購入に着手している状況につき同町当局から宜敷諸般の指導と必要な援助とを仰ぎたい旨の陳情に及んでいた事実、および被告人が同町地許の有力者である武田勝男の幹旋協力のもとに同町内の地主竹内種吉ほか六名の土地所有者らから右同和会が設立を計画している老人ホームの建設用地として前記合計一二筆の土地を遂次購入するなど其の設立の為の現地における具体的準備工作等に尽力して今日に至って事実その他を立証する目的を以て、証人樋口健太郎および同武田勝男の両人のご喚問かたを申請したに拘らず、原審裁判所は何れも之れを必要なきものとしてご採用相成らず、然かも右両証人の証言によって立証せんとした弁護人側の主張は総て措信し難しとして之れをお退け相成った原判決の著しい事実誤認は右の如く必要の証拠をお取調べ相成ることなき侭でそのご審理を打切られた揚句ご判決のご宜告と相成った審理不尽の結果とすら思料し得るところであります。

二、被告人山内の犯意認定の根拠に係る矛盾について。

原判決は被告人山内に係る犯意認定の根拠として

(一) 先づ、被告人山内が前掲の通り長谷部を介しての全日本同和会からの依頼により右老人ホーム建設用地を同会のため購入するに際し立替払をした土地買受代金を同会が長谷部を通じて同被告人に弁償支払をした経緯に関しての同被告人と長谷部との各供述が相矛盾している旨を謂うが、所謂其の矛盾点に関して何ら具体的に之れを指摘するところがない。

もっとも同和会京都府市連事務局長の立場にあった侭、本件所得税法違反等の容疑で然かも其の税対策の中心的立場にあった長谷部としては其れなりに自己の立場を強度に意識しながら被告人山内との本件における遣り取りを法廷で弁じ立てるのは寧ろ当然のことであるから、これらの具体的詳細の諸点に関し若干の相違点が生じたとしても何ら異とするに足らない許りか、もし両名の供述が詳細に亘って些かの差違もなかったとするならば、それ自体こそ寧ろ不自然であり、当然に予め弁護人を介するなどして両者間で事前に周到な打合わせが為されたことを推測せしめる余地が充分なりとも評し得なくはない。のみならず、原審公判記録中の此の点に係る両名の供述は右問題に係る基本的事実と其の経緯に関しては両者間に何ら異とすべき具体的な矛盾乃至喰い違いは見当らない。

此の点に係る原判決のご所論は些か理由不備の感すらなしとしない。

(二) 次に、被告人山内が長谷部から合計金一、六二〇万円にのぼる多額の金員を受領し乍ら其の際早速その場で同金員を被告人が計算して員数合わせをしなかった事実を挙げ、同被告人がこれを不正なアブク銭なりとの認識を抱いていた事実の裏附けなりとなす如くである。

然し乍ら被告人としては相手が如何に金払いの細かい人物であったとは云え苟くも長谷部は自己の義弟に当る所謂身内の者であったし、其の上平素銭勘定の細かいだけに其れだけ几帳面な反面の持主と考えていたところから、万一にも帰宅後同被告人が勘定の結果、同和会事務所側の計算ミスにより若干の金額の不足が発見されたとしても、最早同被告人としては長谷部に対して同事実を告げて当該不足分の追加払を請求し難いと云った気兼ねは全く不必要な筈であることが通念上一見して明瞭な右両名の関係に徴して之れを観るならば、被告人山内が右金員を受領して即時同所で之れを計算勘定する処置をしなかった事実を把えて直ちに以て同被告人の犯意認定の根拠として挙示相成る原判決には、この点でも些か理由不備の趣きが感じられる。

(三) 更に原判決は、本件納税者山﨑の正味納税額が正規税額の僅々二%弱に止まる事実を被告人山内が予め知っていた旨断定しているのであるが、本件各証拠を検討するも、同被告人は本件納税当日に至り同和会事務所員から納税者山﨑のための本件所得税納付書と同納付用現金とを交付されて始めて之れを知るに至ったものである事実は間違いがなく、其れ迄以前には同被告人としては単に莫然と納税者山﨑が用意しなくてはならない金員は正規税額の二分の一ぐらい、と云う程度と耳にしていた旨の同被告人の供述が其の真相であり、一件記録中に特に同被告人の右供述をくつがえすに足る別段の証拠は見当らないし、昭和四五年前後頃から今日に至る迄終始ゼロ申告ゼロ納税を原則として継続している部落解放同盟の納税実績と之れに対する税務ご当局の一貫した諒承の対応処置とを知悉している被告人山内としては右解放同盟の場合に準じて納税につき税務ご当局から国税庁長官通達の趣旨に基く格別のご配慮を与えられるようになった旨を耳にしていた同和会の税務対策の結果として、納税者山﨑に係る正味納税額が正規税額の二%前後に減額された旨を耳にしたとしても、部落解放同盟の場合の原則ゼロ申告・原則ゼロ納税の納税慣行と彼此比較対照して敢えて必らずしも不思議と感じるに足らなかったであろう事情のもとでは、原判のご論法は些か論理の法則に違背し、所謂理由そごの謗りを招きかねざるやに思料されます。

(四) 原判決は被告人山内が長谷部から合計金一、六二〇万円を受領した際、同金員は納税者山﨑から脱税工作の謝礼金として同人から長谷部らに交付された金員中から支出されたものであるから不正な金員の分け前であると、同被告人自身が認識していた事実は明らかなりと認定しているのであるが、

被告人山内としては、

1. 納税者山﨑の正味納税額の圧縮は決して脱税ではなく、前掲の事情により国税庁長官通達の趣旨に則り、部落解放同盟や全日本同和会が税務ご当局から亭受する格別のご配慮の結果に他ならぬものと認識し、従って山﨑から長谷部を介して右同和会に提供された金三、八四〇万円の性格については山﨑が右同和会の取組んでいる同和運動に協賛する意味で提供した資金カンパそのものと考えていたのであるから、同金員を脱税工作の謝礼金などとは毛頭認識してはいなかったものであるし、然かも、

2. 被告人としては右同和会のため現に京都府北桑田郡美山町内に前記の通りの土地を購入して其の買受代金を次々と自己が立替払をし、其の立替総額は当時既に合計金一五、八一六、九〇〇円に達していた処から、その弁償支払かたを幾度か長谷部を介して右同和会側え督促していたと云う事情から、其の内金一、五〇〇万円が漸く弁償支払を受けるに至ったものであったから、仮りに被告人えの右弁償金が同和会内部において何のような方法で調達されたものであるかについては、同被告人としては格別意識してはいなかったと云う同人の弁解は寧ろ通念上容易に首肯し得るところである。

従って同被告人において右受領金員が特に不正な性格のものである旨を知っていたと云う事実を客観的に明らかにする格別の証拠が見当らない限り、現判決の右ご認定は当を得ざるところと思われます。

(五) 原判決は被告人山内が多額の不正金を入手し乍ら之れを返還しない旨を右の通り被告人山内が同和会側から支払を受けた合計金一、六二〇万円の中、

1. 金一、五〇〇万円は同被告人自身の立替金に対する弁償支払分として受領したものであり、

2. その余の金一二〇万円は当時右同和会京都府市連合会北桑支部の任に在った同被告人に対し、同府市連から昭和六〇年度分の組織工作費その他の同支部の運営予算として交付されたものであったからこれを同被告人が返還しない旨の非難は直ちに当を得たところとは謂い難いものと思料される。

もし右山﨑宛に返還さるべき金員なりと仮定すれば、問題は専ら同人と全日本同和会との間の事に帰するものと解するのが当を得たるところと思料されます。

(六) 原判決は被告人山内が、同判決の所謂金一、六二〇万円のアブク銭を手にして気が大きくなり、

1. 右金員入手直後に自己の他えの負債金四〇〇万円の弁済に之れを充当した、

とか、

2. 車両登録料を含めて代金合計金四四〇万円にのぼる電話附き自動車を購入した

などとして、専ら同被告人が右金員を所謂アブク銭的感覚で取扱ったかの如くに論断し、以て被告人が右入手金を自己の正当な立替金に対する弁償支払金などとは認識していなかったとする原判決の事実認定の理由として之れを援用せんとするものの如くであるが、

これらの事実関係を正当且合理的に分析するならば、

(一) 被告人としては同和会のために久しく立替払をした侭になっていた問題の合計金一五、八一六、九〇〇円の資金が殆んど棚上げの状態となり自分自身の金繰りに相当困難を来たしていた処え漸くに立替の大部分に当る金一、五〇〇万円の弁償支払いを受けることが出来た以上、早速にも右償還を得た自己資金を以て、右立替中の金繰り難から他え背負っていた金四〇〇万円の負債を弁済し、依って以て速かに無用の金利負担の解消を図るのは通念上寧ろ極めて至当であって、この点に係る原判決の所論は甚だ非現実的且非論理的なるやにうかがわれる。

(二) 加うるに、被告人山内が同一両年以前から知人であるトヨタ自動車株式会社京都営業所車両第一販売課の岩崎義雄よりの奨めで予ねてその購入かたを決意していた問題のトヨタ・ロイヤルクラウン四輪自動車一台の購入に係る正式発注を同会社宛に為したのは、同被告人が長谷部を介して右金員の弁償支払を同和会側から受領した前月に当る昭和六〇年二月二〇日過ぎのことであり、この点から観ても、被告人が右金員を手にした結果、所謂気が大きくなって右車両を購入したものなりとする原判決の認定は何らの実証的根拠のなき侭で為された架空の所論たるに止まる。

第五 原判決には著しい採証の誤りがあり、その為め重大な事実誤認当の過ちを招いたやに思われる。

一、原判決は自白調書作成時の状況に係る認定を誤っている。

原判決は信憑性の乏しい本件各検察官調書の内容に固執した結果被告人山内の検察官調書が、同被告人の著しい健康状態の不調から、取調べ担当検察官からの強圧的且誘導的取調べに対し、被告人側が同検察官に対し或は反論し或いは説得を試みる気概や能力を殆んど喪失し、その為殆んど同係官の一方的なペースに基いて同被告人の検察官調書が作成され、そのため之れらの各検察官調書の内容が著しく真相と相隔ったものとなりおわった事情は原審公判廷における被告人山内の詳細な供述によって極めて明らかであるに拘らず、原判決は恰かも、およそ検察官が税法違反の罪名で公判請求に及んだ刑事被告人の公判廷における弁解供述の如きは所詮弁護人の入れ知恵に基く虚仮と不実以外の何者ぞといわぬ許りの先入主に陥ったかの如く疑われるものがある(原審公判記録中昭和六一年一月二七日付第五回公判被告人山内供述調書二二丁裏八行目以下、五一丁表三行目以下、同五三丁表五行目以下、同第六回公判同被告人供述調書六丁裏四行目以下、同一八丁表二行目以下等参照)。その結果、

二、原判決は、およそ検察官は常に公益の代表者として被疑者の取調べに臨み、当該被疑者に向って告訴人、告発人乃至警察官等が抱いている可能性のある予断偏見等に些かも影響されることがないとの先験的身上に立脚しているやに見受けられる。

三、原判決はおよそ警察官や検察官の取調べを受ける場合の総ての被疑者は常に心理的に取調べ担当官と対当の立場で相対し、自己の主張乃至弁解は常に充分に之れを為す機会が与えられる許りか、被疑者が取調べ担当官に対して為した主張乃至弁解は総て必らず些かの漏れもなく当該被疑者の供述調書に録取されるもの、との一種の理想主義的哲学的大前提の枠組を通じてのみ事実を見聞され或は証拠の採非を決せられ、因って以って罪の成否を断ぜられるかの感をすら抱かしめられるものがあります。

現に原判決は被告人山内が長谷部を介しての全日本同和会からの依頼により老人ホーム美山園建設用敷地を同和会のため遂次購入し其の土地購入代金合計額が金一五、八一六、九〇〇円に達し、恰かも昭和六〇年三月一三日に同被告人が長谷部を介して同和会から支払いを受けた合計金一、六二〇万円中の金一、五〇〇万円は同立替金の内金弁償分であった旨の同被告人の弁解が捜査の段階で全然同被告人の検察官調書中に録取されていなかったから、法廷における同被告人の弁解供述は総て措信する余地なき旨、頗る単純至極の論法を展開され、原判決が恰かも刑事訴訟手続に関する限り自らの手を以て「公判中心主義」の法哲学は之れを追放相成った観あるにおよんで弁護人らはひたすら驚懼の他なき処であります(原判決文七丁表六行目以下参照)。

四、原判決はおよそ捜査官らが、当初事実否認中の被疑者の最初の自白調書冒頭に掲げる被疑者ざん侮の定型的な「まくら詞」的台詞を以て総て被疑者自身が取調べ担当官に向って進んで積極的に為した真実の声に他ならざるものとする一種の哲学的確信に立脚している。

現に原判決は被告人山内に対する捜査段階において検察官が昭和六〇年六月一三日付被告人山内の検察官調書中において「前回の取調べの際はうそをついた」旨を述べ、それ以降は検察官に対し概ね容疑事実を自白する内容の調書を作成している、との単なる外形事実のみを以て、右検察官調書中での前記の定型的「まくら詞」の録取があるの故を以て、同調書以後に作成された各検察官調書中の同被告人の自白は何れも信憑性が保障され、右録取内容に反する被告人の法廷における供述は総て措信し難い旨を断じ、以て前同様の誤りをおかしている(原判決文八丁表八行目以下参照)。

第六 被告人の心境

一、本件刑事訴追について

被告人自身としては前掲の通り

(一) 部落解放同盟および全日本同和会が所謂同和地区関係住民らのために税務対策としてなす之れら住民納税者らの納税申告の代行分については同和対策審議会の内閣総理大臣宛答申、同答申に立脚して制定公布された同和対策事業特別措置法、同法の精神に基いて発せられた国税庁長官通達、それに同長官通達の趣旨を具体化する手続上の諸問題に関して部落解放同盟および全日本同和会京都府市連合会と大阪国税局乃至京都上京税務署等税務ご当局側との間で取り決められた所謂諒解事項等に基いて過去多年に亘って反ぷく継続され、部落解放同盟については現在に至るも依然反ぷく継続されている税務ご当局による一種の行政処分としての所謂同和減税は飽く迄法律上適法且有効なものと予ねて確信し切っていたものであり、

(二) さればこそ被告人は予ねて近隣者の風聞等から、国税庁長官通達等の法的根拠に基き当然に所謂同和納税減免の格別のご配慮を税務ご当局側から亭受する資格があるものと認定された納税者山崎賢二の所得税納税手続につき山崎章の依頼を受け、予ねて同和会京都府市連の税務対策担当者である長谷部に右の税務対策に係る一件処理を仲介幹旋したと云うのが被告人山内の本件所為に係る真相であり従って被告人山内としては同山崎のためになす右幹旋行為が所得税法その他の法規に抵触するものなどとは夢想だもしてはいなかったものであります。

(三) 然し乍ら被告人山内としては、前記の事情から、本件ご起訴は正に青天のへきれきにも比すべきショックではあったものの、たとえ多年に亘り行政官庁のご指導に基いてなされてきた結果謂わば行政上の慣行として事実上確立していた所為であったとは云え、裁判所において最終的に違法なりとのご判断が確定したような場合には、向後は飽く迄固く裁判所のご判断を遵守し、二度と再びご当局のお手を煩わす如きことなかるべきを堅く心に決しているものであります。

(四) また被告人が長谷部を介し同和会から同会設立計画に係る老人ホーム美山園建設敷地用土地の入手確保のため、多年の歳月をかけ、殊に多額の自己資金を立替え払いして迄努力したのは実は、他日同施設が完成すれば被告人山内夫婦としては同施設最寄りに位置する自宅で養鶏や野菜栽培の業務を営み、自家生産した鶏卵や野菜などを同施設から買上げてもらって生計を立てることを老後の細やかで静かな生き甲斐とすると謂う生活設計の一環として、同施設完成に向けての被告人なりの協力を積重ねてきたと云うのが真相であります(原審公判記録中、被告人山内供述調書参照)。

第七 結語

以上の理由により、貴庁におかれましては原判決をご破棄の上、

一、被告人山内に対し特に無罪のご判決を賜わりますよう、

二、もし万一にも右が相認められませぬ場合には、被告人に対し、罰金刑のご量刑につき可及的に御寛大なるご判決を賜りますよう、

特にお願いを申上げる次第であります。

以上。

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